ポルノ特区法案可決

アナウンサー「臨時ニュースです。今国会で提出されていたポルノ特区法案が全会一致で可決されました。これにより、しかるべき手続きを経て認可された地方自治体は、ポルノに関して治外法権となります。ただ、国際的合意の枠組み内でのポルノ解禁ということなので、依然ある一定の規制はかかる模様・・・」

「なんだ、こりゃ」

パソコンのディスプレイに映し出されたテレビのウィンドウを眺めながら、競馬の統計データを打ち込んでいた男がつぶやいた。

「だいたい、インターネットが全盛のこのご時世に、ポルノ特区なんかに意味があるのかね」

男の言うことももっともだった。
いくら日本国内では局部のモザイク処理が必要だと言っても、海外サイトにアクセスすれば、無修正のポルノ動画をいくらでも見ることが出来るのだ。
ポルノ特区指定自治体に無修正動画のコンテンツを置けるようになったところで、何が変わるというのだろうか。

「そんなくだらない法案を通している暇があったら、少しは末端労働者の給料を上げる法律でも作ってくれよ」

男は、ぶつぶつ文句を言いながらデータの打ち込みを続けた。
男の名は、三島タケオ。データ入力を主な業務とする零細IT企業に務めていた。
統計データの打ち込みなど、競馬新聞の紙面をスキャナで読み込んでOCRで数値データに変換すれば、あっという間に終わるが、IT音痴のタケオにはそんなことが可能であることなど、まったく知らなかった。
また、会社の中にもITに詳しい人間がいなかったため、キーボードからただひたすら入力するのが当然だと思っていた。
そのため、同じような業務を行うライバル会社からは、入力速度の点で差をつけられていた。結局、それが業績にも影響し、いつまでたっても零細のままだった。

「よし、今日の分は終わったぞ」

テンキーを叩き続けていた手を止め、タケオは椅子の背もたれに体をあずけて、ストレッチをするように思い切り伸びをした。

そして、再び元の体勢に起き上がると、入力したデータファイルをUSBメモリーにコピーし、リュックのポケットに入れた。入力データを会社に届けなければならないのだ。

新型インフルエンザの影響で緊急事態宣言が発令されてから4ヶ月。コンピューターソフトウェア関連の会社には、リモートワークが要請された。政府の要請に応じた会社には、リモートワークの内容によって一定の補助金が出るので、タケオの会社もリモートワークを導入することにしたのだった。

しかし、IT音痴揃いのタケオの会社は完全リモートというわけにはいかず、データの入力のみを自宅で行い、入力が完了すれば、そのデータを会社に持っていくという実に中途半端な状況だった。

「さてと、出かけるか」

タケオがディスプレイ上に散らばっているウィンドウを一つずつ閉じていった時、テレビのウィンドウから新たなニュースが流れた。

アナウンサー「先程お伝えしたポルノ特区法案ですが、Q市長が特区申請を始めたことを発表しました。Q市は、これまで・・・」

アナウンサーの読み上げを最後まで聞くことなく、タケオはウィンドウを閉じ、パソコンの電源を落とした。

「ポルノ特区か・・」

ふと、あることを思い出しながら、タケオは玄関に向かった。
マンションのエレベーターが最上階で止まっていたため、階段をとことこ下りた。

緊急事態宣言発令後は人通りはいつもどおりだったが、最近ではめっきり減ってしまい、人影もまばらだった。
タケオは足早に駅へ向かった。